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第6回「泉南石綿の碑」祈念式・泉南アスベストの会総会

2020.03.10

2020年3月7日(土)、泉南市において、第6回「泉南石綿の碑」祈念式と泉南アスベストの会総会が開かれました。

昨年はアトリエ泉南石綿の館(資料館)のオープンも兼ねて125名が盛大に集いましたが、今年は、新型コロナウィルスの感染予防も考慮し、原告・支援者・弁護団22名がしめやかに石碑前で献花しました。

泉南アスベストの会は、訴訟の解決後も、石綿被害の原点として、救済と根絶へ向けた発信を続けています。

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「泉南石綿の碑」由来

 大阪府泉南地域は明治末から石綿(アスベスト)繊維産業が隆盛した。戦前は軍需に、戦後は船舶・自動車・鉄鋼等に耐熱耐摩耗資材を供給し、我が国を下支えした。ここ泉南市信達地区は工場が集中立地する石綿紡績産業の中心地で、戦前「いしわた村」と呼ばれた。

 一世紀にわたり生産が続いた結果、地方出身者、在日コリアンを含む労働者、事業主、家族、周辺住民に石綿被害者が多発した。泉南石綿被害100年の歴史でもあった。しかしその被害は埋没し、自覚することもないまま拡大した。

 国は、1937年から実施した大規模な実態調査や戦後の継続調査によって、当地の深刻な被害の実情を早くから知っていた。地元にも警告を発し続けた医師がいた。にもかかわらず国は経済成長を優先し、有効な規制・対策を行わずこれを放置した。

 2006年5月、被害者と遺族が国の責任を問う国家賠償訴訟に立ちあがった。裁判は粘り強く闘われ、敗訴判決による困難な局面にも遭遇したが、2014年10月9日、最高裁は、わが国で初めて石綿禍に対する国の責任を認める最終判断を下した。翌年1月には厚労大臣が来泉し原告らの前で謝罪した。

 8年半に及んだ裁判の勝利を記念し、無告無念のうちに逝った者たちの鎮魂とすべての石綿禍根絶の願いを込めて、石綿産業と被害の原点の地信達に「泉南石綿の碑」を建立した。

 2015年4月19日

 

新緑を 吸い込みいや増す悲しみぞ 息ほしき人のあるを知るゆえ

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