大阪泉南アスベスト国賠訴訟 新たな公正判決署名にご協力を!
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 泉南アスベスト国賠訴訟は、2010年5月、1陣訴訟において全国で初めてアスベスト被害に対する国の責任を認める画期的な判決を勝ち取りましたが、2011年8月、大阪高裁(三浦潤裁判長)は、石綿の工業的利用や産業発展のためにはいのちや健康は犠牲になってもやむを得ないとして、国の責任をすべて否定する不当判決を言い渡しました。原告らは、直ちに最高裁に上告し、現在最高裁第一小法廷に係属しています。なお、この上告には全国から1000名を超える弁護士が代理人に就任しています。

 一方、2陣訴訟は、2012年3月、国の責任を3分の1に減縮するなどの不十分性はありながらも、1陣大阪高裁の不当判決後わずか7ヵ月あまりで、再び国の責任を認める原告勝利の判決が出され、現在、大阪高裁第13民事部に係属しています。

 泉南アスベスト国賠訴訟には、すでに1陣訴訟と2陣訴訟の地裁判決時に、大阪をはじめ全国から36万筆と24万筆の公正判決訴訟が寄せられ、こうした広範な世論が勝利判決を勝ち取る大きな力となりました。

 昨年来、泉南1陣大阪高裁判決、薬害イレッサ訴訟の東京高裁判決と大阪高裁判決、さらには建設アスベスト訴訟横浜地裁判決と、いのちや健康を蔑ろにする逆流判決が続く中、1陣最高裁と2陣大阪高裁の闘いは重大な局面を迎えています。

 私たちは、来年にも判決が予定される2陣高裁において、何としても勝利判決を勝ち取り、最高裁に対して、人間存在の根基であるいのちや健康を尊重する「正義の証」、被害者を救済する公平で公正な判決を強く求めていく決意です。

 そのためには、最高裁と大阪高裁に対して、30万、50万の広範な世論を届けることがどうしても必要です。

 泉南アスベスト国賠訴訟においては3回目の公正判決署名ですが、どうか裁判勝利に向けて、もう一度大きなご支援ご協力を心よりお願い申し上げます。

◆日本のアスベスト被害の原点◆

  泉南地域は、約100年にわたる全国一のアスベスト産業の集積地でした。パッキン・石綿布などの石綿紡織品の製造を中心に、戦前は戦闘機や軍艦などの軍需産業を、戦後は自動車や造船など高度経済成長期の基幹産業を下支えしてきました。
  下請の中小零細・個人事業主が多く、労働環境は劣悪。工場内やもちろん工場の外までが石綿で真っ白。こうした中で、戦前から現在まで、地域ぐるみのアスベスト被害が広がりました。

◆なぜ、国の責任を問うのか◆

  国は、実に70年以上も前の1937年から泉南地域を中心とする石綿工場の労働衛生調査(保険院調査)を実施。戦後も繰り返し調査を行い、深刻な被害実態をよく知っていました。しかし、国は、アスベストの経済的有用性を最優先して、その規制や対策を長期間にわたって怠ったのです。
  この「国の怠慢」こそが、アスベスト被害をこれほどまで拡大した最大の原因です。
  アスベスト被害は、全国各地で今後数十年にわたって発生し続ける、誰にとっても身近な問題です。真に隙間のない被害救済と今後の万全な対策のためにも、訴訟で国の責任を明確にすることが不可欠です。

◆泉南アスベスト国賠訴訟の経過◆

  2006年5月、石綿工場の元従業員や家族、近隣住民などが、アスベスト被害について国の責任を問う全国初の国賠訴訟を提起しました(1陣訴訟・被害者26人)。2010年5月19 日、大阪地裁は国の責任を全面的に認めましたが、国は控訴。2011年8 月25 日、大阪高裁は驚くべき不当判決を言い渡し、国の責任を否定しました。
  しかし2陣訴訟(被害者33人)の大阪地裁は、2012年3月28日、「経済的発展を理由に労働者の健康を蔑ろにすることは許されない」と、再び原告勝訴の判決を言い渡しました。
  1陣訴訟は全員が最高裁に上告中、2陣訴訟は大阪高裁で審理中です。

- たった一度の人生を石綿とともに過ごすことになった被害者からのメッセージ -

 私たちは、「石綿のまち泉南」で働き、暮らした、石綿被害者です。

 私たちは、小さな石綿工場で、朝早くから夜遅くまで働きました。頭から体中、まつげまで白くなって働きました。工場の中はもちろん、工場の外まで石綿で真っ白。石綿は、私たちの日常であり、生活そのものでした。

 今、私たちは、石綿の病気に苦しんでいます。息が苦しい、咳が、痰が出て、苦しい。空気がほしい。ミイラのようになり、のたうちまわって、石綿肺で亡くなった、あの人。ある日突然、死の宣告を受け、あっと言う間に肺がんで逝ってしまった、あの人。普通に生きて、普通に死にたい。ただそれだけなのに、治ることのない病に、苦痛と不安がつのる毎日です。

 国は、70年も前に泉南の石綿被害を知っていた!やろうと思えば対策はできた!でも、何もやらなかった!それどころか、国は、私たちに、石綿の危険性さえ教えてくれませんでした。高度経済成長の下支えをした泉南を、国は、捨て石にしたのです。

 泉南には、石綿で苦しんだ、無数の魂が眠っています。全国に、将来に広がる石綿被害の原点である泉南。ここから、私たちは、困難な裁判に立ち上がりました。国の責任を明らかにして、救済と対策の礎(いしずえ)を築く日まで、私たちは、一歩一歩、前進する決意です。

 大阪の皆さん、全国の皆さん、そして世界の皆さん、私たちは心から訴えます。全てのアスベスト被害者の救済とノンアスベスト社会に向けて、共に立ち上がることを。

大阪・泉南アスベスト国家賠償訴訟原告団一同

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