町医者だった父の遺志を継いで

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梶本 逸雄さん(会社役員 「勝たせる会」代表委員)

 私の父梶本政治は泉南の石綿産業が盛んだった1950年代から40年間、一人の町医者として、アスベストの危険性を警告し続けました。事業者には厳しく、住民や労働者にはやさしく丁寧な対応だったと、亡くなった後に聞きました。長男に生まれた以上、代表委員の一人として、全力を尽くすつもりです。