実績(解決した事例)

1 裁判で企業に対する勝訴判決を得た事例

■三井倉庫事件(港湾倉庫会社)

 2009年11月20日、神戸地方裁判所は、神戸港の倉庫会社(三井倉庫)の元従業員が中皮腫で死亡した事案につき、三井倉庫の責任を全面的に認める判決を言い渡しました。港湾労働者のアスベスト被害につき企業の損害賠償責任を認めた全国初の事例です。2011年2月25日の大阪高裁判決もほぼ同様の判断を示し、2013年11月21日の最高裁決定により、三井倉庫に慰謝料約2900万円を含む約3600万円の支払を命じる判決が確定しました。

 被害者Xさんは、1951年から1977年までの約27年間、三井倉庫神戸支店に勤務しました。業務内容は、神戸港小野浜倉庫の内外で、石綿鉱石を含む貨物をトラクター(無蓋のフォークリフト)で運搬する作業が中心でした。1977年に定年退職後は書店を営んでいましたが、1997年2月頃に中皮腫を発症し、1999年6月、77歳で亡くなりました。クボタショック後、Xさんの中皮腫が港湾での石綿ばく露によることを確信した妻Yさんと息子Zさんが、2007年2月5日、三井倉庫に対する損害賠償請求訴訟を提訴しました。

 三井倉庫は、アスベストの取扱いは少量であった、屋外だから希釈される、倉庫業の公益性からやむを得ないなどと主張しましたが、判決は、被害者がアスベストの積み込み時、移動時、倉庫内など様々な場面でばく露したと認定。マスクの着用や安全教育を怠った三井倉庫に安全配慮義務違反があると判断しました。裁判官は「もう終わりにしよう。もう殺してくれ。」と言い残して亡くなったXさんの苦しみ、無念を受け止め、比較的高額の慰謝料を認めました。

 

■渡辺工業事件(車両部品製造会社)

 2010年4月21日、大阪地方裁判所は、大阪府和泉市の車両部品製造会社(渡辺工業)の元従業員Xさんが石綿肺(管理区分4)にかかった事案につき、Xさん及び介護していた娘Yさんへの慰謝料110万円を含め合計2400万円の支払を渡辺工業に命じました。アスベスト関連訴訟で介護に対する慰謝料が認められた初めての判決です。

 Xさんは、1964年から1984年までの約21年間、渡辺工業の工場で農業用機械のブレーキ及びクラッチの研磨作業などに従事しました。製品はクボタなど大手企業に納入されていました。ブレーキやクラッチ部品にはアスベストが含まれており、研磨に伴い石綿粉じんが飛散します。判決は、渡辺工業には、局所排気装置の設置やマスク着用の指導などアスベスト対策を怠った違法があると判断しました。

 この判決の特徴は、患者原告の家族に対する慰謝料を認めたことです。アスベスト疾患は、患者は当然として、介護に当たる家族に重大な経済的・精神的被害をもたらします。Xさんは、2007年7月3日の提訴時には管理区分2であった石綿肺の症状が訴訟中に管理区分4に悪化し、寝たきりとなりました。介護の中心となったYさんは、一時は睡眠時間が2~3時間となり、勤務先も管理職からパートに降格となり、弁護士との打合せもままならないなどの不利益を被りました。そのため、仕事を犠牲にして母の介護を余儀なくされた娘Yさんも追加で原告となり、親族固有の慰謝料を請求していました。

 渡辺工業は「国の責任こそ重大だ」と主張しましたが、だからと言って、従業員に対する安全対策を怠った企業の責任が免責されるわけではありません。なお、この事件は大阪高裁において裁判上の和解が成立しました。