実績(解決した事例)

3 示談交渉で企業から慰謝料等を獲得した事例

■C社事件(製鉄会社)

 2009年、大手製鉄会社であるC社と中皮腫で亡くなった被害者Xさんの遺族Yさんとの間で、示談交渉が成立しました。

 Xさんは1970年代の約5年間、C社に事務員として勤務していました。Xさんの職歴や居住歴からはC社以外にアスベストにばく露する可能性がなかったことから、Yさんの依頼を受けて弁護士がC社と交渉したところ、Xさんは石綿布などを保管していた倉庫に出入りすることがあったことが分かりました。また、Xさんの中皮腫については、死亡時の確定診断がありませんでしたが、当時の資料に基づき専門医に意見書を作成してもらい、中皮腫であることを証明しました。

和解金額は、判決で認められ得る慰謝料の水準を相当上回るものとなりました。

 

■D社事件(建材メーカー)

 大手建材メーカーであるD社と中皮腫で亡くなった被害者Xさんの遺族Yさんとの間で、示談交渉が成立しました。

 Xさんは1960年から約6年間、D社の従業員としてアスベスト板の交換や廃棄、点検作業などに従事しました。D社は一定額の補償を提示しましたが、Yさんはこれを拒否。弁護士が依頼を受けてD社と交渉した結果、ほぼ裁判で認められ得る慰謝料と同水準の和解金が支払われることになりました。

 

■E社事件(造船会社)

 2010年、大手造船会社であるE社と中皮腫で亡くなった被害者Xさんの遺族Yさんとの間で、示談交渉が成立しました。

 Xさんは、1968年から約20年間、E社の従業員として、船舶の艤装作業や修理作業に従事しました。E社には労災認定を受けた従業員に対する上積み補償規定がありましたが、退職の前後で金額に格差があり、退職後に中皮腫を発症したXさんに対する補償額は現役労働者の半分とされていました。しかし、同じく仕事が原因で死亡したにもかかわらず、会社の都合で補償額に格差を認めるのは不合理です。特にアスベスト疾患は潜伏期間が長いため、退職後に発症することが通常です。そのため弁護士が依頼を受けてE社と交渉した結果、E社の上積み補償規定の満額(現役労働者と同じ水準)で和解することができました。残念ながら、Xさんは交渉中に亡くなられ、和解書はYさんの代理人として取り交わすことになりました。